下瀬加に残るもの

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天下人も祈った、郡天神

天満神社

村の​天満神社は、​ただの​天神さんでは​ありません。​古くは​「郡天神​(こおりてんじん)」と​呼ばれ、​国司の​崇敬を​受けたと​由緒に​伝わる​社です。​まつられているのは​天之御中主神——神話の​いちばん​初めに​現れる​神さま。​配祀の​神々は​二十柱あまりに​の​ぼり、​菅原道真公も​その​ひとりです。

羽柴秀吉は​播磨平定の​おり、​武運長久を​この​社に​祈って​5石を​寄進。​慶長6年​(1601年)には​姫路城主・池田輝政が​5石を​捧げ、​宝永6年​(1709年)の​拝殿建立ののちは、​歴代の​姫路城主が​夏祭に​代参使を​立てて​神楽を​奉納したと​記録されています。

大きな​社では​ありません。​それでも​由緒​書きには、​天下人と​城主たちの​名が​ならぶ——谷あいの​村の、​いちばん深い​場所です。

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実りに感謝する、谷の社

岡部神社

下瀬加の​字殿所​(​あざとのしょ)に​鎮座する​岡部神社。​まつられているのは​大物主神——国づくりの​神と​して​知られる​神さまです。​素盞嗚神や​別雷神、​かまどの​神まで、​暮らしに​かかわる​神々が​あわせて​まつられています。

由緒の​くわしい​記録は​残っていません。​それでも​例祭は​毎年​11月23日——実りに​感謝する​新嘗祭の​日です。​田畑の​村の​一年は、​この​社で​締めくくられてきました。

村を​流れる​岡部川と​同じ​名を​持つ社。​名前の​つながりの​由来は​分かっていませんが、​谷の​暮らしとともに​あってきた​ことは​確かです。​由来を​ご存じの​方は、​ぜひ文箱で​お知らせください。

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